JDNレポート Vectorworks活用事例

武蔵野美術大学 造形学部 建築学科
布施茂/飯島裕也

JDN「ジャパンデザインネット」2025年7月16日掲載

JDNレポート Vectorworks活用事例

武蔵野美術大学 造形学部 建築学科
布施茂/飯島裕也

連載シリーズ「Vectorworks活用事例」は、設計に携わる方々にとって空間をつくる上で欠かせないツール「Vectorworks」を、どのように利用しているのかを紹介してきた。

今回は、建築設計やデザインを学ぶ学生と、その教育に携わる教職員や教育機関向けに提供している「教育支援ライセンス」をピックアップ。同ライセンスを活用する、武蔵野美術大学 造形学部 建築学科にインタビューをおこなった。

お話をうかがったのは、建築学科教授の布施茂先生と、大学院修士2年生の飯島裕也さん。個人宅から公共建築まで多数の作品を手がけ、現在は、大学創設100周年プロジェクトにも携わる布施先生と、修士課程に在籍しながら実践的な学びを深める飯島さんに、Vectorworksの使い方をうかがった。

建築家を養成してきた、美術大学における建築学科

インタビュー取材をおこなった武蔵野美術大学 鷹の台キャンパスは、東京の郊外、小平市に位置する。同大学の名誉教授で、文化勲章も受賞した建築家・芦原義信先生によるマスタープランのもとに設計・建設、1961年に開設された。
およそ11万m2もの自然豊かな敷地内には、本館(現:1号館)や中央広場、デザイン棟(現:7号館)など、国際的な学術組織であるDOCOMOMO Japanの「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」に選定された建物が点在。ここで絵画、彫刻、デザイン、建築、映像など幅広い学科の学生たちが学んでいる。まずは布施先生に、建築学科での学びやカリキュラムの特徴についてうかがった。

武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス
校内に展示された1年次の模型

布施茂先生(以下、布施):大学が開設されて間もない1964年に、建築学科が創設されました。その当時から、芦原先生をはじめとする専任教員の多くが研究者ではなく実務者である点は、本学科の特徴の1つと言えるでしょう。現在、建築学科で教鞭をとっているのも、現場の第一線で活躍されている方ばかりです。構造デザインや建築デザイン、設備設計、まちづくり、ランドスケープデザイン、そして、建築美術や空間表現のアーティストもいます。

布施:学部生の定員は1学年72名です。入学時に、卒業後の進路についてのアンケートを取っており、建築家志望が7割、そのうち半数が住宅を中心に設計をする建築家を目指していますね。これほどまで大人数の学生が設計をやりたい、意匠をやりたい、と集まっている大学の建築学科はほかにないのではと思っています。実際、卒業後、大手設計事務所に就職した学生の実績もあります。

授業内容としては、設計・構造をベースにランドスケープ・インテリアの科目、またアートの実習科目もあり、幅広い知識の習得ができます。学生は入学して2カ月後には、アイデアを練りながらの手描きスケッチや、CADの実習など、設計教育全般の授業に取り組みます。総合大学の工学部などと比較すると、かなり早いタイミングかもしれません。課題数は他校と比べて多いと思いますが、小さい空間から大きい建築まで、バリエーションやスケールを幅広く経験できます。

CADを学ぶ授業風景

布施:1年次の基礎課程である「建築設計基礎」での製図や、「図学」などの授業でVectorworksを使用しています。CADの授業ではVectorworksのほかに、SketchUpやRhinocerosの使い方も学びます。また、「建築設計表現」の授業では、プレゼンテーションやアイデアスケッチなどでも使っていますね。学生たちにVectorworksの使い方を初めて教えるときは、クラスとレイヤの設定など、基本的な操作方法はもちろんレクチャーしますが、あとは自由に、それぞれの創造性を発揮しながら使ってほしいと指導しています。

布施先生自身も、40年以上になる建築家のキャリアを通じて、Vectorworksの前身であるMiniCad時代からツールを愛用し続けてきた建築家だ。2023年には、授業の教科書としても用いることができるようにと、書籍『布施茂建築作品設計図面集』を刊行。豊富な写真図版と共に、RC造11件、S/W造16件もの平面詳細図や、断面詳細図、細かな寸法・仕様に関する詳細な情報が網羅された内容となっている。これらの編集作業にも、Vectorworksが大いに活躍したという。

布施:最終的な印刷用のデータはInDesignで完成させましたが、その前段階のレイアウトはすべてVectorworksで作成しています。Vectorworks上でこれまで撮影してきた膨大な写真データや図面を、建築家目線で見せたい部分がしっかり伝わる図面集となるよう、レイアウトにこだわりました。建築学科の大関助手と飯島くんには編集作業の段階でデータの整理を担当してもらい、とても助かりました。

布施:Vectorworksは設計図面だけではなく、プレゼンテーションにも、書籍の編集準備にも、本当にいろんな用途で使い続けています。とても重宝していますし、私の仕事においてなくてはならないツールです。

『布施茂建築作品設計図面集』の中面

CADの枠を超える、Vectorworksの多様性

一方、飯島さんは、建築学部への入学後に初めてVectorworksを使いはじめたそうだ。折しも入学した年はコロナ禍の真っ最中。当時は地元・岡山県の自宅から、リモートで大学の授業を受けていたという。

飯島裕也さん(以下、飯島):授業がはじまる前にVectorworksを使ってみたくなったので、最初は自分で市販の教則本を購入し、3Dのレンダリングまでひと通り自習してから授業を受けました。

飯島:僕は幼い頃からものづくりが好きで、小学生のときはドラえもんの断面図をスケッチブックに描くくらい、細かな絵を好んでいました。また、母も武蔵野美術大学を卒業してインテリアの仕事に就いていたので、自宅に置かれていた仕上げサンプル本や、たくさんの図面などを日常的に眺めていたからか、図面を描くのも見るのも好きでした。中学生や高校生の頃には、建物の模型をつくったり、Adobe Illustratorなどのツールを触ったりもしていました。

浦上駅(長崎市)の設計提案をおこなった飯島さんの卒業制作作品「BE A GOOD SCENERY(S)」の平面図

学部生の頃から授業はもちろん、プラスアルファの学びとして、布施先生のもとでさまざまな実務に携わってきた飯島さん。作品集の編集作業などを通して、Vectorworksを使えば使うほど、その汎用性の高さに驚いたそうだ。

飯島:授業の課題はゴールが決まっていますが、実務になると無限に追求できますよね。学部生のうちからそれを経験できる環境があったことは、とてもありがたかったです。

布施:やはり建築はリアルなので、実際に現場に出て確認したり体験したりする方が早いんです。ですので、学生たちをプロジェクトの現場に連れていくこともあります。私自身、武蔵美や東京工業大学(現:東京科学大学)の恩師である、建築家の坂本一成先生のもとで学んでいた頃、研究室の設計活動から学ぶことの方が大きいと実感した経験があったので、現在もできる限りそうしています。

「がまごおり公共建築学生チャレンジコンペ2023」に提出したプレゼンボード

飯島:Vectorworksに関しては、使えば使うほど、CADの範疇におさまらない、オールラウンドで使えるツールだなと思いました。2023年に賞をいただいたコンペの資料や模型制作にも使っていますし、僕の同期にもVectorworksでプレゼンボードをつくっている子がいます。

飯島さんは、愛知県蒲郡市で開催された「がまごおり公共建築学生チャレンジコンペ2023」に、同じ建築学科の学生である杉山峻涼さんとペアで参加。杉山さんがデザインのアイデアを考え、飯島さんがCADで描きながら実際の形に落とし込んでいったという。結果は、応募総数約370組中、上位6組、最優秀作品・優秀作品に次ぐ、佳作に選ばれた。

飯島:最優秀作品に選ばれると、実際に建物を建てることができるという、学生向けとしてはとても珍しい実施コンペでした。そのため、トイレの広さや、ソーラーパネルを設置するなどの仕様の条件がいくつもありました。メーカーが配布しているDXF(Drawing Exchange Format)をダウンロードして使うなど、細かい施工図レベルまでVectorworksを使ってつくりました。模型もVectorworksで描いた展開図を印刷して制作しました。

飯島:ちなみに、芸術祭で屋台をつくったときには、Vectorworksを使って描いたパーツの設計図を原寸で紙に印刷して木材に貼り、印をつけて削ったこともあります。平面の図面だけではなく、立体をつくるときもVectorworksが欠かせないですね。

直感的な操作性が、アイデアと思考を広げる

取材時、コンペの資料群と合わせて飯島さんが見せてくれたのは、卒業制作の展示の際、製本して置いていたという設計図書や、就職活動で使用したポートフォリオ。いずれも驚くほど緻密な図面が並んでいた。その上、色使いやフォントなど、細部まで完成度の高い仕上がりに驚かされた。

飯島:僕はかなり詳細まで図面を描いていくタイプなので、自分の思考スピードに手がついてきて、その手にVectorworksがついてきている。自分の思考や表現したいものにタイムラグなくツールがついてきてくれる操作性の良さは魅力だと思っています。

また、印刷表現にもかなりこだわりを持っています。Vectorworksは、色調整が自在にできるカラーパレットや、グレーの濃度を1%単位で設定できる機能、Adobe Creative Cloudのフォントがそのまま使用できたり、文字の高さや寸法の細かな補助線まで、本当に自由にカスタマイズできる点も表現する上で役立ちました。

現在、修士2年に在籍する飯島さんは、大学院修了後に入社予定の企業にてすでにアルバイトとして勤務し、ほかのソフトを経験している。Vectorworksとの使い心地にどのような違いがあるかを尋ねてみた。

飯島:どちらかというとVectorworksの方が、より直感的に操作できる感覚がありますね。ほかのCADの操作は、まずコマンドを打ったり、移動ツールを選択してから動かしたいオブジェクトを移動させたり、操作までワンクッション必要です。Vectorworksなら、選択後すぐに操作できてスピーディです。

布施:たしかに、直感的に操作できるという利点はよく理解できます。何かを発想した時、手描きの場合は考えたそのままに手を動かして紙に描いていきますが、その動きに最も近いCADはVectorworksではないかと思います。パッと思いついたままに描くことができてしまう、本当に直感的なアプリケーションと言えるでしょう。ある程度慣れたら、Vectorworks上でエスキス(下書き)ができるくらい、手と近い感覚で使えますね。

飯島:僕もVectorworksでエスキスを描きはじめることが多いです。加えて、マウスではなくトラックパッドを使って指で操作しているので、余計に手に吸い付くような感覚や、自分の脳と直接つながっているかのような使用感を感じるのかもしれません。

校内の様子

飯島さんが勤務先で同期となるのは、総合大学の工学部などの建築学科で学んできた学生たち。就職活動中、「美大の建築学科」で学んできて良かったと思ったことが度々あったと話す。

飯島:おもに研究メインの学科で学んできた学生は、考えてアウトプットするまである程度の時間が必要なようです。でも美大で学んだ自分は、脳内のイメージやアイデアをそれなりのクオリティでパッとアウトプットできます。このスキルが就活の際に活きました。わずか3時間ほどの間に、設計からパースまでを完成させる「即日設計」では、まさに後者の手早くアウトプットできた方が有利だったからです。それに、大学に行くと、彫刻を彫る人がいたり、不思議なものを制作する人がいたり、いろんな創作の熱意にあふれた環境が広がっているので刺激になっていると思います。

変わりつづける社会の中、変わらない建築への情熱

AI Visualizer(VECTORWORKS 2025 UPDATE 5)では、ブラシを使用した部分的な画像編集、スタイル適用の機能などにより、さらに高度なAI画像の生成が可能となった

Vectorworksは武蔵野美術大学をはじめ、各種学校やキャリアアップスクールなどのさまざまな教育の現場で活用されている。2024年からはCAD教育支援が強化され、ライセンスの無償提供が開始された。

その中の「Vectorworks学生·教職員向けライセンス」では、2025年6月から商用版の有償コンテンツと同等のクラウドサービスが提供されている。これにより今まで制限があった、iOSデバイスのLiDARセンサーを使用した室内空間のスキャン、写真からの3Dモデル生成がおこなえるようになり、クラウドベースのコラボレーションがさらに便利になる。また、「AI Visualizer」の利用も可能になり、Vectorworksのモデルや図面、あるいはテキストプロンプト(条件設定)から即座にデザインのイメージ画像生成もできるようになる。

これからのAIとの関わりについて、布施先生に尋ねた。

布施:現状はまだ、授業で具体的に取り上げてはいませんが、当然ながら、AIの存在は誰もが避けては通ることのできないテーマです。どのように上手に使っていくといいのか、自然な形でAIを取り入れることができるのか、現在も検討しているところです。Vectorworksで利用できるのなら、ぜひ試してみたいです。

最後に布施先生と飯島さんに、今後、武蔵野美術大学で建築や空間を学びたい方へのメッセージをうかがった。

飯島:建築は法律やお金のことなど、制約や検討すべきことがいろいろとある一方で、人間が中に入ることのできる空間と、人命に関わるデザインに仕事として携わることもできます。その魅力はとても大きいと思います。自分のやりたいことを見つけるなり、突き進むなり、どんなことでもいいので、たった1つでも自分が好きだと思えることを発見したり、仕事として関わることができれば良いのではと思います。

布施:コロナ禍を経たいま、特にこの先5年くらいの間に、建築家を取りまく状況は大きく変わっていくのではと考えています。現在、構造設計の小西泰孝先生、建築設備設計の持田正憲先生とともに、キャンパス設計室で本学の創設100周年にむけた記念館の基本設計をまとめていますが、建築コストが格段に増加しました。コスト面を理由に、中止や延期を余儀なくされるプロジェクトの話も聞きますし、さまざまな影響が出ています。しかしそれでも、この先どんなに変わることのないものがあるとすれば、建築に対する建築家の情熱であると思います。そして、建築家の思考が実際に建築として完成する喜びを味わえたのなら、モチベーションはますます上がります。この先一生をかけても、探求しがいのある職業だと思います。

布施茂(右)

建築家・一級建築士、fuse-atelier代表。武蔵野美術大学教授、学長特命補佐・キャンパス設計室長、専門は建築設計。おもな作品に、群馬県立館林美術館、全労済情報センター、東京都立大学(以上第一工房)、VENTINOVE、House in JYOSUI-SHINMACHI、House in TSUTSUMINO、House in ABIKOなど

飯島裕也 (左)

武蔵野美術大学造形学部建築学科を卒業後、同大学院の修士課程デザイン専攻建築コースに在籍。2023年度卒業制作「BE A GOOD SCENERY(S)」で優秀賞、愛知県蒲郡市「がまごおり公共建築学生チャレンジコンペ2023」では「ふくらむまちの待合所」が佳作賞を受賞

  • 文:Naomi 撮影:高木亜麗 取材・編集:岩渕真理子(JDN)
  • この事例はJDNの許可により「ジャパンデザインネット」で2024年6月21日より掲載された記事をもとに編集したものです。記事中の人物の所属、肩書き等は取材当時のものです。
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